潜伏キリシタン世界遺産 ―天草の崎津集落など12資産―

2018年7月16日


崎津協会(出展:天草市のホームページ)
 

天草の崎津集落を含む12の構成資産からなる「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、6月末にユネスコの世界遺産(文化遺産)への登録が決定されたことは、既にご存知のことと思います。この潜伏キリシタン関連遺産は、17~19世紀の約250年に及ぶキリスト教禁教下、長崎と天草地方の潜伏キリシタンが禁教期に密かに信仰を続ける中で育んだ宗教に関する独特の文化的伝統を物語る貴重な文化遺産とされています。

もともとは、長崎の教会群とキリスト教関連遺産として申請されていたものを、一旦、取り下げて、改めて申請し今回の登録決定になったものと聞いています。今回の世界文化遺産の12の構成資産のうち、天草に関係するものは崎津集落だけで、他はみな長崎地方に属するものです。「殉教の島天草」、「隠れキリシタンの島天草」と教育されて育った筆者としては若干の違和感が残りますが、何はともあれ世界遺産への登録はめでたいものであります。

構成資産のうち大半を占める”集落は“殆んどが過疎化に悩んでいるものと思われます。中には既に消滅した集落も含まれています。今回の世界遺産決定が、貴重な文化的遺産の保護、維持管理、ひいてはこれらの地方の復興・発展に寄与することが期待されます。

「天草地方のしめ飾り」気をつけて見ないと気がつきませんが、正月だけ飾るのではなく、一年中、玄関に飾ってある家が見られますが、我が家はキリスト教徒ではないとの表明に使われていたといわれています。


崎津集落全景(出展:天草市のホームページ)
 

その他、興味を持った関連の事件・項目としては、次のものがあります。
「キリシタン禁教に至った歴史的・世界的背景」
「大村郡崩れ(1658年)」
「天草崩れ(1805年)」
「浦上一番崩れ(1790年)」
「浦上二番崩れ(1839年)」
「浦上三番崩れ(1856年)」
「浦上四番崩れ(1867年~1873年(明治6年))」
「隠れキリシタンと潜伏キリシタンの違い」
(注)本文は、筆者の独断と偏見に基づいて書いたものであり、その内容については責任を負いかねることを申し添えます。

(伊藤常和さん 昭和44年法文学部法科卒)